虚無と実存の蜜月。

ともあれば虚無に吸い込まれそうになり、んでもってリアルを失いがちな学生モラトリアム期間が人よりほんの少し長い俺は、
最大限の自由=「存在しない」とか実感して、というより等身大の経験として刻まれておるのだが、
ようは「ある」と「ない」がどっちがさきか、どっちがえらいと思いたいのかで生きておった。

で、豊人が生まれ、確信したことがひとつ。

「ある」の方がえらい。

感じたきっかけは、 豊人の「みかん、ない!」

みかんがたべたいが、この家にはないことを知っているが上での発言。

ようは存在するからこそ、「ない」を発明できたわけだ。インド人が「0」つくったのと同じサイクルが、実存ちゅーレベルでまた繰り返されているわけだ。

ちなみに、みかんを御所望のときは、「みかんぷー」
多分ないけど、食いたいので一応いってみるときは「みかん、ぷー?」(語尾がすこし上がる)

で、まあこうして平和だ。

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