SUDDENDEATH20180802

そうそう一昨日のこと、チャリで電柱引っ掛けて転倒して車道に投げ出され、その瞬間50cmほど向こうを後続のトラックが抜けて行った。

かすり傷とぞんざいな受け身で左半身が痛むぐらいで特に支障はないのだけど、あれは確実に死んでるパターンだったのでこれからの人生は死に損ないとして歩もう。

死ぬってほんと呆気ないので、瞬くぐらいしかない生を大事にしたいもんだ。

ありとあらゆる原因は私に起因するのではない。

自分の至らなさから発生してるネガティブな状況の原因を常に他者のせいにする連中って、死に際に何を思うのだろうな。

ビバ!私を生かしてくれた世間に感謝!

とかやってほしいね。

チャクラと一郎 feat.ギタータロー

熱狂をもって迎えたものの一晩寝て忘れていた関西のパワーメタル、チャクラと一郎 feat.ギタータローが手元にないことに気づき

大阪は本町にあるオシャレショップ ショウグンテープスに発注、即日安心発送されて来た。

ショップBOSS兼カリスマ店員のナオちゃんによると思わしき真心こもったアバウトな梱包を破り棄て、PS4に突っ込む。

なんやCD再生でけんのかいな、それでもPROか!だっさいのう!

と思いつつあたふたとPCに挿入。

チンケな予想をスーパー飛び越えて、コズミックポンチャックエレクトロチューンが炸裂につぐ炸裂。

これ傑作や……戦慄と嫉妬でもう狂わんばかりの一人夜は更けて

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生きのびるためのデザイン ヴィクター パパネック

Google+で紹介されていたブログ、

黒森庵の、こんくらい

http://kuromorianno.blog.so-net.ne.jp/

をついつい読み込んでいると、どこかで見た覚えのある書影が。

どういったいきさつで手に入れたのか、手に入れようとしたのか忘れてしまったのやけど。内容も全く思い出せない。

ブログオーナーの方は相当に影響を受けておられるとあったのでもう一度読んでみることにする。

そんでもっていきなりぶん殴られた。

多くの人を説き伏せて、手元に金がありもしないのに、もっぱら人目をひきたいという理由から要りもしない品物を買ってしまうように誘惑する職業などというものは、恐らくいまの世の中にある職業のうちで最もいかがわしいものだといえるだろう。

生きのびるためのデザイン p9 まえがき より

手元のブツは1981年の版で、活版印刷のもの。言葉を追いつつも、その向こうにいる活字職人をはじめとした製本現場の人々を幻視したりする。

不完全さの克服 藤幡正樹個展 図録

長年探していたブツを入手。

モノは藤幡正樹氏が2006年に行ったインスタレーションの図録。

がしかし、なぜ欲しかったのかを忘れており手にして眺めてまた考えたり。

おそらくマルチメディア関連で明確化しておきたい内容があったと思うけど、忘れた。

というより今が追いついて追い越してしまい、自分の中で定義づける必要がなくなっているのかと。

とはいえメディアに対する考察があったりなので読み込んで見たい。

縁だなぁと思ったのは「モレルの発明」をモチーフにした作品があったとのことで、実物を体感して見たかった。

クリームソーダシティ完全版。震える一冊

連載中途で打ち切りになったクリームソーダシティが完全版として単行本化。
なんつうかビンビンくる一冊、トランスなパーソナルが全編ぶっぱなされてるところは自己の倫理観を張り紙にして自宅外壁にぶちまけるアウトサイダー哲学者と同じぐらいの威力で心に迫ってくる。

10代の時に出会ってたらあれだ、映画のIZOや根本画聖の未来精子ブラジルのように自意識を粉々に崩され、世界の見え方を根底から覆されそうな一冊。良著オブ良著

うむぅやられたなぁ:EveryThing

その昔「全てにして一つ」ってどうやって表現したらええやろうとおもっておったとき、有るビジュアルが浮かんでいて、色々と試行錯誤したのだけども。
このEVERYTHINGというゲームが体現しとる。
この嫉妬と羨望。15ドルそこそこ。

 

すべてのものになれるシミュレーション『Everything』が、私たちにさりげなく勧める「考え」について

参院選2013京都選挙区 山内成介氏とのやり取り

先の投稿「参院選2013に向けてのスタンス」でお伝えしたように、参院選京都選挙区候補者の方々におこなった質問に対しての
やり取りを掲載していきます。

山内成介氏とのやり取り

わしからの質問

京都市伏見区墨染に住む武村と申します。
本メッセージは参院選候補者の皆様に一斉配信させていただいています。

明日の投票を迎えるにあたり、私なりに考える今後の日本の方向性
に対して、どの方が実現・推進しうるのか計りがたくご連絡した次第です。
ついては以下の内容に関して議員として、または政治的に活動していく中で方向性が合致する部分、
しない部分などお考えのところをご享受いただければと思います。

“原子力発電即時廃止して
「我々の責務として」
施設と放射能廃棄物を人体影響がない時点まで完全隔離するマイルストーンをうち、国内外と連携して実現。
その負担は責務として「日本国民」が担う。
同時に原子力に変わる電力事業を推進。
これらの実現に伴い実現した技術発展を国外に展開する。”

また、ご回答いただいた内容はfacebookまたは私の運営するブログ上で公開させていただいて
よろしいでしょうか?

大変お忙しい中恐縮ですが、なにとぞよろしくお願いいたします。

山内氏からの返信

武村さん メールありがとうございます!こういうやり取りができるのがネット選挙のいいところ
だと思います。
私の原子力政策は脱原発です。まずは原発の自体に与える影響は勿論ですが、原発は本当に経済面でも
やすいのかが私の中で疑問におもうところです。2010年のエネルギー白書では原発5円~6円 火力7~8円
水力8円~13円です。

この数値は2004年総合資源エネルギー調査会電気事業分科会コスト検討小委員会が審議しまとめた報告書です。
しかしこの資料は電事連の作った資料です。そこが問題です。電力会社の作ったパンフレット「原子力コンセンサス」にも
まったく同じ数値が示されています。
そしてこの試算方式を調べてみるとめちゃめちゃな事が分かります。

こういった事をまず見直す事が大事。
後は原発のコストをもっと国民的観点で試算する必要があります

まずコストに増殖炉や核燃料サイクル技術にかかる政策コスト、そして電源3法に基づく交付金もコスト
の総体として捉えるべきです。
この体制を打破しないで再稼動はありえないです。

徹底的に試算を見直しそれでもコスト面、安全面を含めて稼動を決めるべきだと思います

それを受けてのわし返信。

山内様

早速のご返信、ありがとうございました。
山内様の脱原発とする原子力政策、理解いたしました。また、よろしければ核廃棄物に対する政策ございましたら、お考えの所を教えていただければと思います。
既に何処かで記載されているのでしたら、そちらをご提示頂けましたら拝見させていただきます。

それでは本日最後ですが選挙活動ご健闘くださいませ!

続いて山内氏から。

核廃棄物に関してはワンスルー方式にすべきだと思います核燃料サイクル方式は今すぐ
やめるべきです。
宇宙にも飛ばしたいところですが基本的には脱原発ですので、廃棄物はでないと思います。

というやり取り。2013/07/20 時点

父親としての立ち位置。

先日早めに帰ってくると、居候二匹がちょうど風呂に入るとこに出くわした。

で、べたべた近づいてくる飯くらいたちを「おばけでるぞ!」と脅して風呂に誘導してひととき、
しばらくするとどえらい笑い声が。

なんやまたちんちんプレイングかと思って、風呂あがってきた嫁に問うたところ、

おっきい方のゴクツブシが、「赤ちゃんおんなのこやったらええのにねー」とのたもうたとのこと。
嫁、なぜに?と問うと、いわく

先日早めに帰ってくると、居候二匹がちょうど風呂に入るとこに出くわした。

で、べたべた近づいてくる飯くらいたちを「おばけでるぞ!」と脅して風呂に誘導してひととき、
しばらくするとどえらい笑い声が。

なんやまたちんちんプレイングかと思って、風呂あがってきた嫁に問うたところ、

おっきい方のゴクツブシが、「赤ちゃんおんなのこやったらええのにねー」とのたもうたとのこと。
嫁、なぜに?と問うと、いわく
「おかあさんとあかちゃんで女の子二人でちょうどいいやん」
とのこと。

なかなかシンメトリーが好きな子だのうとは思うたが、にしてもそんな爆笑するほどのことかときくと、
嫁は「ほんなお父さんは?」とま、気になる質問をしたところ。

いわく 「ユッケといっしょ。」

つまり我が家では、

男性 長男 次男
女性 出現予定児
家畜 猫(玉eject済)

という構成であり、問題は猫と父ではどちらが優先されるかということであって、それによってどちらがより飯を食らう権利があるかがきまるのであって、これはゆゆしき問題なわけだ。

かようにして立ち位置というのは難しく、かつ繊細な問題ではあるが、
このよな状況では、父はもう頭数に数えなくても良いのではないかと思われる。

まあ、おもしろいよな。

デヴィ夫人オフィシャルブログ、ちょっとびびった。

mixiからのリンクで目に留まったのやけど、なんとアティチュードをもっとることか。
ゆうてることがどうとかはいったん保留して、物申す姿勢は尊敬に値するな。

デヴィ夫人オフィシャルブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」by Ameba.

まあ、セレブ文化人として、こうした姿勢を持つことは当然なのやろうけど、日本に帰化してとかなんだかんだあって政界進出して重要ポストにぎるとかなると、まあ他の政治家とは変わらぬ、あいまいとした物言いになるのやろうなとは思う。

ふと降りてきたのは、政治家は普通の人間がやりよる場所であって、指導者は狂人か天才か紙一重がやりよるやろうなあと。

とか件のブログの続き読んでたら、この人敵に回すとやばいなと思ったw

拾得物届けて年末会話に浸る。

帰り道に鍵入れひろったので、交番にとどけた。
書面書いていた60過ぎらしきお巡りさん、電話で連絡した後、ふと
「愚痴ゆーていい?」
どぞどぞと話を聞いてみると、なんでも部下の若造がまったくもってなってないとのこと。
諺はしらんわ、漢字は書けんわ、敬う心ももってないわ、わからんことはそのままにするわ、
言われたことしかできんし、やらんわで、
びしばししごいているらしいが、一向に改善よらんとかなんとか。
まー部下を持つ身になって、何となくゆーてることも腑に落ちてくるし、
自身のいたらなさもひしひしと実感させられたが、

なにより面白かったのは、

わしの呼びかけが、タケムラさんからタケさん、さらにはタケちゃんと
ほんの10分ほどで連れレベル。
そんなこんなを大阪市役所あたりの交番でかまして午後11時、ジャスト10℃の中家に向かう。

別れ際ボソッいいよった、
「年食ってる人間と話すことで、いろいろと有益な情報を入手できることもあるで」というのは、
また遊びに来いの言い換えなのかとか気になってみたりしたけども、そう思えている方が素敵よなと思う。
こうして師走はやってきて、何となく一期一会な場面をチラリチラリ。
出会いの種は春に芽となり、関係の枝葉をつけてゆく。

ほんで、本日2009/01/07、無事落とし主が現れて返還されたと警察から電話。
まあよかったけど、顔つき免許証あるのに、なぜ今頃なのか、もうとっくに返還されてて、電話の順番コールでいままでかかったとかか。

化粧って

化粧ってわしにとってなんで魅力がないのかピン!ときたので覚書きしとくと、
どうも巷で見るフル武装化粧済みのレイディたちを見るにつけ、自身のウィークポイントの補正か、どう見られたいかの
メッセージを発信するためなんちゃうかと。
どちらにしても、メディアとcommon幻想で規定済みの美つーのと自らの距離を埋めるべく行う作業で。
なんとなく、己のよさを引き出すためのものではないような気がしますわ。
それを見るにつけ、積極的な自己否定を垣間見ているよな、そんな感じ。

化粧ってわしにとってなんで魅力がないのかピン!ときたので覚書きしとくと、
どうも巷で見るフル武装化粧済みのレイディたちを見るにつけ、自身のウィークポイントの補正か、どう見られたいかの
メッセージを発信するためなんちゃうかと。
どちらにしても、メディアとcommon幻想で規定済みの美つーのと自らの距離を埋めるべく行う作業で。
なんとなく、己のよさを引き出すためのものではないような気がしますわ。
それを見るにつけ、積極的な自己否定を垣間見ているよな、そんな感じ。

なにか、自分を引き立たせるためのメイクとか、そうゆうかたちでの化粧が一般化されればいいのになあとか思ったり、

つーても小じわとかシミ・ソバカスとかみずみずしさとか、失われた若さへの望郷と回帰とか、
そんなんもあるのやろうけどなあ。

でもある女性で30前半やのに園芸やけで真っ黒しわくちゃ乾燥肌やのにすごい魅力的とかあったり、
全身から発する人生の痕跡にこそが、その人となりを魅力的にするのではないかとか思った。

だから、その人の歩みを体現できるような化粧があればよいなあ。化粧に限らんな、服とかもやな。
つーか、その場合私は何者であるという明確な柱が本人には必要なわけで、これはこれで難しい問題だとか思った。

まあ、カレーにオイスターソースかけて食ってたららうかんだ「化粧はその自己をあらわしているのではない」てな一文を膨らませ、整理してみてここに記したつーわけです。

世の女性方はなにゆーとんねん、ちゃーすぞ!とかお思いでしょうが、ご容赦くださいませ。

ふと。好きな人とか、人を好きになるとか。

人に好かれようとして、どう好きになってもらえるのかと考え実行して、成果をあげればそれはうれしい。

ただ、それよりもシンプルに、自分がどんな人が好きなのか、そしてその人をもっと好きになっていくにはどうしたらいいか

の方が幸せかもしれない。

と思った。なんとなく。 

プチ真実

テレビはいっぱいいろんなものをみせてくれる。

小さなことは誇張して、大きなことは猥雑にして。 

 結局のところ、君が選ぶことを私はみているしかない。
そこにいたるなかで、どんなことがあるのか知っている限り伝えて、
私がなにを信じているかをつたえられるぐらいだ。

生善とか生悪とかよりも、
良心は、怠惰の前では赤子同然。

忘年に際して

今年の反省点としては、

  • あまり思い入れを入れない。
  • 自分が正しいと思ったことでも、許可は得る。
  • 職責をまず考える。
  • 父親とは?と問い続ける。
  • なにに羞恥心をおくかを考える。

といったところ。

とかいいつつ、本当の忘年まで追記していく予定。

500万人、だっけか。

500万人といわれてもぴんとこないけども、家族でmixiに参加しているのを見つけると、秘密もくそもあったもんじゃねーなーとか思った。

知人・友人に紹介してもらわないと入会できないからクローズドで秘密共有な気分って、どこから湧き出した幻想なのんやろかなー。

わしかってにおもってただけかな。 

虚無と実存の蜜月。

ともあれば虚無に吸い込まれそうになり、んでもってリアルを失いがちな学生モラトリアム期間が人よりほんの少し長い俺は、
最大限の自由=「存在しない」とか実感して、というより等身大の経験として刻まれておるのだが、
ようは「ある」と「ない」がどっちがさきか、どっちがえらいと思いたいのかで生きておった。

で、豊人が生まれ、確信したことがひとつ。

「ある」の方がえらい。

感じたきっかけは、 豊人の「みかん、ない!」

みかんがたべたいが、この家にはないことを知っているが上での発言。

ようは存在するからこそ、「ない」を発明できたわけだ。インド人が「0」つくったのと同じサイクルが、実存ちゅーレベルでまた繰り返されているわけだ。

ちなみに、みかんを御所望のときは、「みかんぷー」
多分ないけど、食いたいので一応いってみるときは「みかん、ぷー?」(語尾がすこし上がる)

で、まあこうして平和だ。